『キャプテン翼 RISE OF NEW CHAMPIONS』前日譚
全国中学生サッカー大会が大熱戦の末に幕を閉じた翌日の朝。
日本サッカー協会でジュニアユースチームの強化を担当する片桐と
ジュニアユースチームの監督をつとめる見上が、
協会のオフィスで顔を合わせていた。
「片桐くんも大変だな。『ニューヒーローリーグ』の交渉のために、
今日はこれから北海道か」
「日本サッカーのためであれば、いつどこへでも行きますよ」
「現役の時から思っていたが、君のバイタリティはすごいな」
「まだ若いですからね」
「おいおい、私もそんなに年ではないぞ」
二人は笑い合った。
彼らはかつてサッカー日本代表の選手として共に戦った仲でもあるのだ。
「それで、交渉は上手くいっているのかね?」
「おおむね良い返事をいただいています。
スタジアムや宿泊施設に関しましても、難しいところはクリアしました」
片桐の声には安堵感があった。
「後は私が参加校に出向いて詰めの交渉を行い、
そこでまとまれば近日中に『ニューヒーローリーグ』の開催が発表できます」
「そうか。それは何よりだ」
「見上さんは、今日は代表選考会議ですか」
「ああ」
見上は机の上にあった代表選手選考の資料を手元に引き寄せてページをめくった。
「翼と日向をチームの中心とする構想は大会前と変わらない。
だが、この二人以外にも多くの有望な選手を見てしまったから、
選考は大変な作業になりそうだよ」
見上は短く苦笑して、話を続けた。
「若者は驚くべき速さで成長することがあるが、
今回の大会ではそれを何度も目の当たりにした。
まったく、すごいものだな」
見上の言葉に片桐もうなずいた。
「この大会が始まる前、私は今の日本に翼のライバルはいないと思っていました。
ですが、そのことに危機感も持っていました」
「うむ。翼を倒すような力を持った選手が現れなくては、
真の意味での日本サッカーの強化にはつながらない」
「しかし、全国大会やその予選を通じて、
翼と競り合うだけの力を持った選手が多く現れてくれました」
「特に日向だな。彼の大きな成長は今回の一番の成果と言っていいだろう」
片桐は見上の言葉にうなずいた。
「小学生の時から日向を見続けてきた者として、
この二年間の彼には物足りなさを覚えていました。
しかし今回の大会で見せた日向のプレイや振る舞いは、
まさにチームを背負うエースストライカーのものでした」
「うむ。元々、彼には代表で9番をつけてもらうつもりではいたが、
よりふさわしい男になったと感じたよ」
「翼が試合を作り、日向が決める……あとは守備ですね」
「実は、そのことで片桐くんに相談があるのだが」
片桐は姿勢をあらためた。
「なんでしょうか?」
「今の仕事が一段落ついたら、ドイツに行ってくれないか」
「ドイツに?」
聞き返す片桐に見上が説明する。
「今回、代表を選ぶにあたって、ゴールキーパーに源三を呼ぶつもりだったのだが――」
源三とは見上がかつて専属コーチをつとめていたゴールキーパー若林のこと。
若林は小学校卒業と同時に、見上がコーチ研修のため赴いた
ドイツ・ハンブルクのクラブチームに留学して才能を磨いていた。
若林の実力は今年のヨーロッパジュニアユース大会を制したことで、
すでに証明されている。
「クラブと代表参加について契約の問題が持ち上がってしまってね。
その交渉を頼みたいんだ」
「わかりました。任せてください」
「すまない。私が行ければ良いのだが、代表監督としての仕事が忙しくてな」
謝る見上に、片桐は首を横に振った。
「実は私も『ニューヒーローリーグ』の準備が終わり次第、
フランスへ行こうと思っていたところなのです」
「フランス……」
見上は顎に手を当てた。
「それはもしかして、岬のことかね?」
「ご存じでしたか」
「先日、源三からメールが来たんだ。向こうで会った、と」
「私も翼に、そのメールを見せてもらいました」
全国中学生サッカー大会開幕の直前、
ドイツにいる若林から見上と翼のもとにメールが届いていた。
そのメールには、
小学生の時に南葛SCで翼とコンビを組んで全国大会を制覇した
岬と再会したことが書かれていたのだ。
「源三の見立てでは、岬の実力はヨーロッパでも通用するほどのものだそうだ」
「ええ。それが本当ならば、日本代表にとって大きな戦力になります」
「大空 翼と岬 太郎──。
黄金コンビなくして本当の全日本ジュニアユースチームはありえない。
私はそう思っている」
「はい、私もそう思います。
ですからフランスへ行って、岬の実力をこの目で確かめて、
代表入りを要請するつもりです」
「頼む」
と、そのとき見上のスマホが鳴った。
「ちょっと失礼する」
見上は席をはずし、しばらく電話先の相手と話をして、再び席に着いた。
「日本ユース代表のスカウトからだったよ」
「ユース代表の?」
「ああ。『ジュニアユース・ワールドチャレンジ』参加国の
情報収集のために協力を要請していてね」
本来、開催されるはずだったフランス国際ジュニアユース大会の参加国については、
日本サッカー協会もいくらか情報を集めてはいた。
だが、新たな大会まで一ヶ月ほど空くことになったため
再調査の必要が出てきたのだ。
「そうですね、どの国もこの一ヶ月を強化に当ててくるに違いありません」
「そしてもう一つ、新たな大会にはフランス大会には参加予定の無かった国々がいる。
こちらについても急いで情報を集めなくてはならないが、
なにぶん急なことだし、『ニューヒーローリーグ』の準備にも人手がいる。
そうなると時間も人員も足りなくてな……」
「なるほど。それで協力要請を」
「今はサッカーも情報戦の時代だ。
チームの戦い方、選手の能力――広くたくさんの情報を得た方が何かと有利になる。
ドイツでコーチ研修を受けた時、そのことをおおいに学ばせてもらった」
そう言って見上は片桐に一冊のノートを手渡した。
片桐がページをめくると、そこには、見上がドイツに赴いた際に集めた
ドイツのジュニアユース選手たちのデータがびっしりと書き込まれていた。
「これはすごいですね……」
「コーチ研修の傍ら、可能な限りたくさんの選手を見て書きためたものだ。
来たるべき日に備えてな」
見上は片桐からノートを受け取り、自分でもページをめくった。
「主立った選手はほとんど見たつもりだ。
だが、見落とした選手もきっといるのだろうな」
「それは、私も同じです」
「ん?」
片桐はサングラスのつるに指を当てた。
「私はこの三年間、日本各地を回って中学生年代の選手をつぶさに観察してきました。
しかし……それでもなお見つけられなかった才能は必ずいる
そう思っています」
「ふむ……」
「今年の夏──
全国大会やその地方予選で多くの選手が鎬を削り合い、能力を伸ばしました。
『ニューヒーローリーグ』でもそのような戦いが繰り広げられれば、
今まで表れていなかった才能が花開くかもしれない――
私はそう期待しています」
「そうだな。そのような勢いのある選手が代表にいれば、
チームが活性化して全体のレベルアップにもつながる」
見上は大きくうなずいた。
「我々の夢――“いつか日本サッカーを世界の頂点に”
――その才能はそろいつつある」
「はい。そして我々の役割は、その才能を育てること。
今度の『ジュニアユース・ワールドチャレンジ』は、そのための第一歩です」
「彼らの成長に負けぬよう、我々も頑張っていこう、片桐くん」
「はい!」
おわり