『キャプテン翼 RISE OF NEW CHAMPIONS』前日譚
『ジュニアユース・ワールドチャレンジ』を近くに控えたある日、セネガルジュニアユース代表はタイジュニアユース代表と強化試合を行っていた。
センターサークルのすぐ近くで、セネガルジュニアユース代表キャプテン、イスマイル・サンゴールは後方からのパスを受けた。
「ナイス!」
パスを送ってくれたDFに声をかけ、すぐさま敵陣を向く。その時すでにセネガルのFWたちがタイのゴールめがけて走り出していた。
「な、なんて速さだ!」
タイの選手たちは驚いた。セネガルの選手たちの足は、まさに風のごとき速さだった。マークについていたタイの選手たちが一歩ごとに引き離されていく。
その中でもひときわ足の速い選手――セネガルジュニアユース代表FW、ムーサ・マリック・ジャロが、ライン際をドリブルで進むサンゴールにむかって手を上げた。
「こっちだ!」
「うん、いくよ!」
独特のリズムを持ったフェイントでタイの選手をかわしたサンゴールは間髪を入れずにクロスをあげた。ペナルティエリアのやや内側、GKが飛び出せそうで飛び出せない絶妙のコースだ。
「負けるかよ!」
屈強な体格のタイの選手がジャロに体を当てながら競り合う。ジャロはわずかによろめいたものの、ほとんどスピードを落とすことなくジャンプし、その頂点でサンゴールのクロスをとらえた。
「もらったぜ!」
ジャロの打点の高いヘディングシュートはGKの手をかすめてゴールネットを揺らした。
ゴールを認める審判のホイッスルが鳴り、
セネガルの選手たちはジャロのもとに駆け寄って歓喜の輪を作った。
試合終了後、セネガルジュニアユースの監督はタイジュニアユースの監督とベンチサイドで握手をかわした。
「いいゲームを、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。セネガルの選手たちの身体能力の高さには驚かされました」
「ええ、それこそがセネガルサッカーの武器ですから」
「やはり、彼の影響かな」
タイの監督の感想を聞いたセネガルの監督は満足してうなずいた。
「彼らの体のバネから生み出されるスピードとジャンプ力は世界のどの国の選手にも勝ります。ならばそれを活かしたサッカーを、と思いましてね」
セネガルの監督は一度言葉を切り、ペットボトルの水を一口飲んで、続けた。
「ヨーロッパや南米の選手に優れたテクニックがあろうとも、ボールに触れられなければ、それを発揮できません。そのために私はスピードとジャンプ力の強化に力点を置いたトレーニングを彼らに課してきました」
「ふむ……」
「できるだけボールタッチの回数を減らし、スピードで圧倒する。そんなサッカーで、私は世界一を目指しているのです」
「確かに、今日はそのサッカーにやられました」
タイの監督は軽くため息をついた。
「うちの選手――とくにジャロくんと競り合った彼はタイで最も筋力の強い選手なのですが、それでも競り負けてしまいましたからな」
「ハハハ……ジャロの身体能力はセネガルの中でもトップですからね。うちのサッカーの要ですよ」
「……要と言えば、私はもう一人、気になった選手がいるのですが」
「ほう? 誰でしょう」
「サンゴールくんです」
「サンゴールですか?」
セネガルの監督にとっては意外な名前だったので、思わずオウム返しに聞き返してしまった。
「あれほどのスピードで走る選手たちの足下やジャンプの頂点にピタリと合わせるパスのコントロールとタイミングを計るセンス。あれはたいしたものです」
「……そうですね」
セネガルの監督はうなずいたが、それはただ相手に合わせただけのものだった。
確かにテクニックはチーム随一だが身体能力の面ではチーム一劣るサンゴールは、セネガルの監督が志向するサッカーにとって、そこまで重要な選手ではなかったのだ。
その頃、タイの選手たちとの握手を終えたセネガルの選手たちは勝利に沸いていた。
「いやー、勝った勝った!」
「これで強化試合3連勝だな!」
喜ぶ選手たちの中、サンゴールがジャロに声をかけた。
「ジャロ、ナイスゴールだったね!」
「なに言ってんだ! あれはサンゴールのクロスが最高だったからさ!」
「そんな……あのヘディングがあれば、ボクのパスじゃなくたって……」
「またすぐそういうことを言う。悪い癖だぜ」
「う、うん、ゴメン。気をつけるよ」
と、ふいに一人の選手がつぶやいた。
「けど、おれたちって本当に世界に通用するのかな」
それを聞いたセネガルの選手たちは、わずかに表情をくもらせた。
「大丈夫だと思うけど、国際大会って初めてだから、やっぱりちょっと不安だよなァ」
「なァ。今度の大会って強豪が集まってるんだろ?」
「うん。ドイツ、フランス、イタリア……」
「本当にすごい国だらけだな。そんなところと戦うのか……」
その時、サンゴールが皆を励ますように大きな声を出した。
「大丈夫。みんなはきっと世界に通用するよ!」
「サンゴール」
「スピードもジャンプもダメなボクだけど、だからこそ、みんなの足を引っ張らないように、頑張って最高のパスを出すよ!」
その時、遠くから監督がサンゴールを呼んだ。呼ばれたサンゴールが走って行く。その背中を見ながら、ジャロは心の中でつぶやいた。
(サンゴール。オレはおまえのテクニックの方こそ世界に通用すると思うんだけどな……)