『キャプテン翼 RISE OF NEW CHAMPIONS』前日譚
『ジュニアユース・ワールドチャレンジ』の開幕が間近に迫ったある日、ブラジルジュニアユース代表の選手たちはブラジル国内の練習場でミニゲームを行っていた。
ブラジルのクラブチーム、バーラFCから代表に選ばれたルシアーノ・レオはピッチサイドで軽く体を動かしながら、同じくウォーミングアップをしているチームメイトたちの会話を聞くとはなしに聞いていた。
「なァ、大会ってもうすぐ始まるんだろ?」
「こんなギリギリに集められたんじゃ、連携練習なんかぜんぜんできないぜ」
「別にいいじゃないか。自分を世界のクラブにアピールできればさ!」
「そうそう! デカい大会だから、きっと世界中からスカウトが来てるはずだ!」
威勢のいい声が多い中、こんな文句も混じっていた。
「それにしたって、なんでこんなに招集が遅かったんだよ」
今回の代表招集に関してはレオも様々なウワサを耳にしていた。
なぜ『フランス国際ジュニアユース大会』に不参加だったブラジルが新しい大会には参加することになったのか。
なぜ代表の招集が大会直前ともいえるこの時期まで遅れたのか。
だが、レオはそれらの話にあまり関心を持たないようにしていた。
(ウワサはウワサさ)
どんな理由であれ、代表に選ばれた自分たちは世界の国々とプライドをかけて戦うだけだ。
(それに「大人の事情」に振り回されるのはクラブだけでたくさんだ)
レオはミニゲームが行われているピッチ上に目をやった。そこでは同じバーラFCから代表に選ばれたカルロス・バーラがチームメイトたちに実力を見せつけていた。
カルロスがボールを持てば、ブラジル全土から集められたハイレベルな選手たちですら手も足も出ない。
(機械のように正確なテクニックと鍛え上げられたフィジカル、氷のような冷静さを融合させた、勝利のみを目指す最強のサッカー選手。それがカルロス……カルロス・バーラだ)
「なるほど、あれがバーラFCの『神の子』のプレイか」
カルロスのプレイを見ていたレオに、チームのキャプテンをつとめるDFのアルベルトが声をかけた。
「ウワサ通りのすごい選手だ。あのドリブルを止めるのは至難の業だな」
「まァ、アルベルトでも難しいと思うよ」
「ならば複数で連携して挑むしかないな」
そう言ってアルベルトは静かな笑みを見せた。言葉とは裏腹とも思えるその表情に、レオはアルベルトの自信を垣間見た。もっとも、自分の実力に自信を持てないような者がブラジルのキャプテンをつとめることはあり得ないのだけど。
「連携って言うけど、ディフェンスの動きはバラバラだよ」
アルベルトは苦笑しながらレオの言葉を訂正した。
「ディフェンスだけじゃない。攻撃もバラバラだ。いくらおれたちでも、このままで大会を勝ち進むのは厳しいだろうな」
「でも、今から連携の練習して、大会に間に合うかな」
レオが言うと、アルベルトは広い肩をすくめた。
「監督もそう言っていた。だからしばらくは選手の好きにプレイさせて、大会の序盤は個人の能力で相手を押し切る形でいくそうだ」
そしてアルベルトはコーチ陣の意図を説明した。
「そうやって練習と試合を重ねていくうちに、やがて仲間の得意なプレイや好むスタイルをわかり合うようになり、自然と連携が生まれていくはず……そう考えているみたいだ」
その考えを聞かされたレオはあきれた。
「そんな無責任な。しかも楽観的すぎる」
「時間が無いから仕方ないさ。それに逆に言えば、おれたちの力を信じてくれてるってことでもある」
と、そこにチームで一番声の大きなMF、ルーカスが話に入ってきた。
「大丈夫大丈夫! オレたちブラジル代表より上手いヤツらなんて世界にいないんだからさ!」
だがアルベルトは静かに言った。
「世界は広い。さっきコーチに聞いたんだが、おれたちのライバル、アルゼンチンにすごい選手がいるらしい。しかもそいつは、この一ヶ月で大きく成長しているってな」
「そんなのウワサだろ? どうってことないって!」
そう言うとルーカスは走り去っていってしまった。レオは苦笑した。
「ああいうのをまとめていくのは大変だな、キャプテン」
「大変でも、誰かがやらなければならないことさ」
アルベルトは生真面目な表情になると、レオの肩に手を置いた。
「さっきも言ったとおり、大会の序盤は厳しい戦いが続くだろう。だからこそ同じクラブでプレイしているレオとカルロスには期待している。頼んだぞ」
「ああ、任せておいてくれ」
ミニゲームはゴールを量産したカルロスのチームが勝った。レオはカルロスのもとに駆け寄った。
「さすがカルロス。ミニゲームでも容赦ないな」
「当然だ。おれがピッチに立っているのは、勝つためだけだ」
勝った喜びなど欠片も感じさせない声でカルロスが答えたその時、背後からやけに陽気な声がかけられた。
「カルロス、お疲れ!」
声の主はミニゲームでカルロスと同じチームだったGKのケイジーニョだった。
「すごいドリブルとシュートだったね! 後ろから見てたけど鳥肌たったよ!」
興奮してまくし立てるケイジーニョとは対照的に、カルロスはまったく表情を変えない。無愛想としか見えないその態度の理由と意味を、レオは知っていた。
「オレはGKだけどさ、ああいうプレイがしてみたいなーって思ったもん!」
「そう言うケイジーニョも、いいセービングを連発してたじゃないか」
レオが言う。
「カルロスほどじゃないとはいえ、ブラジル代表に選ばれた選手たちのシュートを全部防ぐなんて、すごいことだよ」
「ありがとう!」
ケイジーニョは嬉しそうに笑った。
「でもやっぱり、カルロスのシュートを受けてみたいな。ねェ、後で勝負しよう!」
「……」
ケイジーニョの誘いにカルロスは無言。だがそんなことにお構いなしに、ケイジーニョはカルロスに尋ねた。
「そういえばさ、あんなにすごいプレイをして、しかも勝ったのに、さっきからカルロスって笑ってないよね。なんで?」
「……」
カルロスは質問に答えず、無言でケイジーニョに背を向けて去っていった。
「あ、ちょっとカルロス……!」
「ケイジーニョ、あれが今のカルロスのスタイルなんだ。詮索しないでやってくれ」
「そうなんだ。けど、なんだかもったいないなァ。サッカーは笑顔でやった方が絶対に楽しいのに」
と、高く鋭いホイッスルの音がレオたちの耳に突き刺さった。ミニゲームの審判をつとめているコーチがレオを呼んでいるのだ。
「おっと、今度はレオの番だね。応援してるよ!」
練習終了後、着替えを終えたレオはロッカールームでカルロスを探した。
「カルロス?」
だが、カルロスの姿はどこにも無かった。カルロスのロッカーを見ると、荷物が残されたままになっている。
(まだ、練習場のどこかにいるんだな)
ふと思い当たったレオはロッカールームを出てトレーニングのマシーンが置いてある部屋へ行った。
(やっぱり)
カルロスはトレーニングルームで黙々とマシーンを動かしていた。無とも言えるその表情からは、カルロスの内心はまったく読めなかった。
レオは数日前、バーラFCのオーナー、バルソレ・バーラに呼び出された時のことを思い出していた。
――カルロス。今度の大会でおまえが活躍すれば、バーラFCの名は世界に広まる。そうなればたくさんのスポンサーがついて、ワシのクラブはますます儲かる。ワシがおまえを代表にやるのは、そのためだ。必ず世界一になれ。
――レオ。おまえはカルロスをサポートしろ。ブラジルを世界一にするだけじゃない。「カルロスの活躍でブラジルが世界一になる」ようにするんだ。わかったな。
レオは首を振って嫌なことを頭から追い出した。
(バーラがどうとか関係ない。おれは頑張ってカルロスをサポートする。そしてカルロスと一緒に優勝するんだ……!)