CHARACTER

『キャプテン翼 RISE OF NEW CHAMPIONS』前日譚

Novel : Episode 0 『ドイツジュニアユース編・前篇』

 ドイツ国内クラブのジュニアユース大会決勝──
 ハンブルクVSドレスデン。

 その試合が行われるスタジアムには、
 試合前からすでに大勢の観客がひしめいていた。
 観客の目当ては、カール・ハインツ・シュナイダー。
 ハンブルクのエースストライカーだ。
 一撃必殺のロングシュート“ファイヤーショット”を武器とする
 彼のプレイを目に焼き付けようとドイツ中から集まってきたのだ。

「今日も『ドレスデンの妖精』の活躍、みんな期待しててくれよ!
 応援よろしくッ!」

 ドレスデンのMFコルネリアス・ハイネが
 愛嬌ある笑顔でスタンドに手を振る。
 すると地元から駆けつけた熱狂的なサポーター、
 特に女の子たちの間から大きな歓声があがった。
 その様子をピッチサイドで見ていたハンブルクの選手たちは苦笑をかわした。

「あのハイネってやつ、女の子に人気あるんだなァ」
「そうらしいな……シェスターほどじゃなさそうだけど」

 試合直前ながら、ハンブルクの選手たちは余裕があった。
 それもそのはず。ここまでシュナイダーが全試合ハットトリック、
 GKの若林は全試合無失点と圧倒的な実力で勝ち上がってきたのだ。

「見ろよ。ドレスデンの練習。
 まるで遊びに来たみたいな雰囲気だぜ」
「決勝まで来られて満足してるんじゃないか?」
「そりゃそうだろ。
 ノーマークから調子に乗って決勝まで来て、
 おれたちと戦えるんだから」

 そんな選手たちに声をかけたのはキャプテンのシュナイダーだった。

「あまり、なめてかからない方がいいと思うがな」

 シュナイダーに若林が続く。
「おれもそう思うな。
 準決勝でブレーメンに勝った力は侮るべきじゃない」

 若林の視線がハイネを向いた。

「特にあのハイネは要注意だ。
 おれたちより年齢は一つ下だが、
 ドイツナンバーワンのMFといわれる
 シェスターとの中盤争いを制した男だからな」

 若林の言葉に、MFのカルツが笑いながら口を開いた。

「つまり、ワシの出番ってわけだ」

 練習を終えたドレスデンの選手たちがベンチに集まった。
 DFのザウアーがあきれたようにハイネに声をかける。

「こんな時にまで女の子たちに声かけて、余裕あるなァ」
「アハハ、まァ、これもスターのつとめですから」

 ハイネは笑いながらあっけらかんと言ってのける。

「それにみんなだって女の子の歓声があった方がやる気出るでしょ?」
 これにはドレスデンイレブンも苦笑で応じ、否定しなかった。
「しかし、緊張とかしないのか?」
「しませんね。むしろ楽しみですよ」

 ハイネは自信の笑顔を見せた。

「だって、オレがドイツナンバーワンの選手だと証明される試合ですからね!」

 第三者が聞けば、これはシュナイダーを相手に大言壮語だと言うだろう。
 しかしドレスデンの選手たちはハイネの言葉に力強くうなずいた。

「期待してるぜ、ハイネ!」
「任せてください。今日、勝つのはドレスデンですよ!」

 ハイネは自信満々に断言した。

「サッカーは中盤を支配した者が制する——
 つまりオレがいる方が勝つスポーツですからね!!」

 ハンブルクとドレスデン、
 両チームの選手たちが整列しながら入場してくると、
 集まった観客から大きな大きな歓声があがった。

 試合前のセレモニーを終えた両チームのキャプテン、
 シュナイダーとハイネがセンターサークルで握手をかわす。

「今日はよろしく、いい試合にしよう」

 シュナイダーのあいさつに対し、ハイネは挑戦的な笑みで応じた。

「今日の観客はラッキーですよ。
 オレというニュースターの誕生を目撃できるんですから」
「……」
「ってわけで、今日の試合はオレが勝って、
 オレがドイツナンバーワンプレイヤーだってこと証明してみせますので、
 よろしく!」

 ハイネの言葉にシュナイダーは一瞬の間を置いて小さく笑った。

「フッ……ドイツナンバーワン、か」
「……その余裕、すぐになくしてあげますよ」

 ハイネは一瞬、不機嫌な表情をのぞかせたが、
 すぐに挑戦的な笑顔を作りなおしてシュナイダーを見返した。

 コイントスの結果、ドレスデンボールでの試合開始となった。
 センターサークル内でハイネたちがボールをおさめると観客の声が静まっていく。
 スタジアム中が固唾を飲んで見守る中、主審のホイッスルが響き渡った。

 試合開始直後、ボールを持ったハイネがセンターサークルから飛び出した。

「行くぞ! ドイツナンバーワンの座はドレスデンとオレのものだ!」

「ほォ、元気なヤツだ」
 カルツが笑う。
 と、シュナイダーがハイネに向けて一直線に走りだした。
「シュナイダー!?」
 一方、ハイネも突っ込んでくるシュナイダーを見て不敵に笑った。

「真っ向勝負……望むところだ!」

 ハイネとシュナイダー──
 お互いにスピードを緩めることなく接近し、
 ボールを挟んで右足同士が激突した。
 その瞬間、凄まじい衝撃が二人を襲った。

「なにィ……!?」
「これは……!!」

 ハイネが後方に吹き飛び、
 体格に勝るシュナイダーも体勢を崩してピッチに膝をつく。
 どちらもキープできなかったボールが
 勢いよくサイドラインの外へ飛び出ていった。

「おおっ!!」
「ウソだろ!?」

 当然シュナイダーが勝つと予想していた観客と
 ハンブルクの選手から大きなどよめきが起きた。

「あいててて。いやァ、すごい痺れだ」
 ピッチに座り込んだまま、ハイネは右足をさすった。
 だがすぐに強気の表情でシュナイダーを見あげた。
「さすがシュナイダーさん。やっぱりライバルはこうでないと!」
「……」
 ハイネの挑発に一言も発せず歩み去るシュナイダー。
 それを見ていたカルツが楊枝が小さく上下させた。
(……こいつはちょいとばかり苦戦するかもな)

 試合はドレスデンのスローインで再開された。
 そしてボールを受けたハイネがチームメイトに陽気に呼びかける。

「あらためて、ここからキックオフだ!」
「おう!!」

 ドレスデンイレブンが活気づき、
 それに呼応して高まったドレスデンサポーターの応援が彼らを後押しする。

「さァさァ、オレのドリブルショーの始まりだよっ!!」

 攻め込むハイネにハンブルクの選手がボールを奪いに向かう。
「おまえごとき!」
 鋭いタックルであったが、
 ハイネは派手なステップでそのタックルをかわした。
「な、なにィ!?」
「ハハハッ、その程度じゃムリムリ」
「なめるな!」
 嘲笑するハイネにハンブルクの選手が次々と向かっていく。
 だがハイネはそのディフェンスを軽やかに突破していく。

「それじゃオレは止められないよっ」
「くそっ、なめるな!」

 いきり立ったハンブルクの選手たちがハイネに殺到する。
 と、ハイネは彼らを十分に引きつけた後、
 フリーになった味方にパスを出した。

「なにィ!?」
「ドリブルだけじゃないんだよね!」

 ハンブルク選手の横を走り抜けたハイネは
 すぐさまリターンパスを受け、右サイドへと走り込む。
「ランケさん!」
 ハイネがゴール前へとクロスあげる。
 ドレスデンの長身FWランケが走りこみ、
 ヘディングを合わせようとジャンプした。

「フリーでうたせて構わん。カウンターをかけるぞ!」

 若林が指示を飛ばし、
 彼の実力を信じるハンブルクの選手たちが
 ドレスデン陣地へと走り出そうとする。
 と、その時、

「ランケさん、こっち!」

 なんとクロスをあげたハイネが
 左サイドへと猛ダッシュしていた。
 前へ向かいかけていたハンブルク選手たちの反応が一瞬遅れる。
「頼んだぞッ」
 ランケは空中で体をねじり、
 ヘディングでハイネの方へボールを送った。
「しまった!」
 体勢を整え直す若林。
 そしてペナルティエリアの左隅やや外──
 ボールを受けたハイネが右足を振り抜いた。

「もらった!」

 ハイネのシュートは一直線に、
 彼が思い描いたとおりの最高のコースをなぞって
 ハンブルクゴールの右端へ向かう。
 しかし若林はそのシュートコースを読み切ってダイブしていた。

「エリア外からのシュートは、おれには効かん!」
 若林は体と左腕をめいっぱい伸ばし、
 ボールがゴールラインを割る直前でシュートをキャッチした。

「今のが決まらない……
これがワカバヤシの伝説か」

 ハイネは少し悔しそうにつぶやく。
「まァ、いいや。種は蒔いたってことで」
 ハイネは肩をすくめると自陣に戻っていった。

「すまないみんな」
 若林が読みを外したことを謝ると、味方が励ましの声をかけた。
「大丈夫。ナイスセーブだったぞワカバヤシ!」
 その言葉にうなずきながら、若林はハイネへの警戒心を強めた。
(なるほどブレーメンに勝ったわけだ。あいつ、ただ者じゃない)

 このハイネのシュートでドレスデンは一気に試合のペースをつかんだ。
 ドレスデンはシュナイダーに複数の密着マークをつけて彼へのパスを防ぎ、
 奪ったボールをハイネに集めて攻勢を仕掛ける。
 ハンブルクの選手たちは防戦におわれ続けた。

(選手一人一人の実力で見れば、ハンブルクの方が確実に優れている。
 それなのにこれほど苦戦を強いられるのは、
 ハイネに中盤を完全に押さえられているからだ)

 最後方で選手の動きを見ている若林は
 ドレスデン、そしてハイネを分析した。 

(確かなテクニックとチームメイトの力を引き出すプレイ、
 そして戦術眼……。
 岬と三杉の特徴を合わせたような選手か?)

 若林は日本時代の記憶と照らし合わせてハイネをそう評価した。

 そうやって分析と味方への指示を行いながら、
 若林はドレスデン攻撃陣の前に立ちはだかった。
 放たれたシュート全てをキャッチし、
 その都度完璧にドレスデンの攻撃を終わらせるのだ。

「おれがいる限り得点は許さない。
 みんなは落ち着いてプレイしてくれ」

 若林は味方を鼓舞しつつ思考を巡らせる。

(逆に言えば、ハイネがいなければ中盤はこちらのものだ。ならば……)

 そうしてスコアレスのまま進んだ試合前半アディショナルタイム。
「前半のうちに、なんとか一点取るぞ!」
 ハンブルク陣内右サイド奥深くに入り込んだハイネがクロスをあげた。
「これならどうだっ」
 この時、なぜかハンブルクDFのマークが甘く、ランケが完全にフリーだった。

「くらえ、ワカバヤシ!」

 ランケは完璧なタイミングでゴール左隅に強烈なシュートを放った。
 しかし若林はそのシュートを読み切っていた。
「ここだっ」
 ランケがシュートを打つ前から走り出していた若林は
 ダイブすることもなくシュートを体の正面でキャッチした。

「なにィ!?」

 そして、試合が大きく動いた。

「それっ、今だ!」

 若林は、前方にいるカルツに素早くパスを出した。
「カルツ、頼むぞ!」
「そ、そういうことか!」

 ハイネは悟った。
 自分をわざと深くまで攻め込ませてカウンターを狙う作戦だったのだ。
(オレとしたことが!
 だからハンブルクの選手がこんなに少なかったんだ!)

「ようやくワシの出番だぜ」

 若林からのボールを受けたカルツは素早いパス攻勢を展開した。
 ドレスデンの選手も数は十分にいたが、
 ハイネが不在の中盤ではそのパス回しについていけない。
 そしてドレスデンの連携が崩れきった時、
 カルツがボールを受けた。

「ここだ!」

 隙を見つけたカルツはドリブルをしかけ、
 瞬く間にドレスデンMFを二人抜き去った。

「シュナイダーさんにボールを渡させるな!」
「わかった!!」

 ハイネの指示を聞いたザウアーがシュナイダーの元に向かう。
 そして、それを見たカルツがニヤリと笑った。
 ピンチになればなるほどシュナイダーには必ずマークが集まる。
 だから他が手薄になる。それがカルツの狙いだった。

「いけ、クラウス!」

 ザウアーのマークがはずれてフリーになったFWクラウスの元へ
 カルツの絶妙のパスが渡る。
「しまった!」
 完全に裏をかかれたハイネが失望の声をあげた。

「おれだってハンブルクのFWだ!」

 クラウスが渾身の力をこめて放ったシュートに、
 ドレスデンGKルッツがダイブする。

「ゴールはさせない!!」

 ルッツが懸命に伸ばした指先がボールに触れた。
 軌道を変えたシュートがゴールポストに当たり、
 ピッチ上に跳ね返る。

「まだだっ」

 そのこぼれ玉に向かってシュナイダーがダッシュする。
 体勢を崩しながらルッツも食らいつく。

「渡すかァ!」

 シュナイダーの足がボールに届く寸前、
 ルッツの長い腕がボールをかっさらった。
「おおっ……!」
 ハンブルクサポーターからは失望が、
 ドレスデンサポーターからは安堵の声があがる。
「くっ!」
 シュナイダーが悔しげなうめきをあげた。
 ドレスデンのマークが一人増えていたせいで
 ダッシュの一歩目がわずかに鈍ってしまったのだ。

 両チームの攻防が途切れたことで、スタジアムの空気が緩む。
 それをいち早く察知して逃さなかったのは、ハイネだった。

「ルッツさん、今だ! ボールを!」
「お、おう!!」

 ハイネの声にルッツは素早く立ち上がり、ハイネにボールを送った。

「さァ、カウンターだ! ルッツさんの闘志に負けるな!!」
「おう!」

 ハイネの掛け声にドレスデンイレブンが鋭く動き出した。
 さらにスタジアムのドレスデン応援団が大きく大きく後押しする。

 そのハイネの前にカルツが立ちふさがった。
 ハイネもそれを受けるように正面から突っ込んでいく。

「勝負だ、カルツさん!」
「いい度胸だ。返り討ちにしてやるぜ」
「——なんてね」

 ハイネはカルツの目の前で、
 体を反転させながら横にはたいて味方にパスし、
 そのまま一回転してカルツの横をすり抜けた。

「なにィ!?」
「妖精は気まぐれなのさっ」

 味方からのリターンパスを受けながらカルツを置き去りにし、
 ハイネは左サイドから、今度はペナルティエリア内へと飛び込んだ。

 そのハイネに対して若林は身構えた。
(ハイネの場所は今日一本目のシュートとほぼ同じ位置。
 必ず自分でシュートをうってくる!)
 若林が確信した通り、ハイネは足を振り上げた。

「いっけぇぇ! これだァ!」

 ハイネが放ったシュートは一本目のシュートと同じ軌道で、
 絶妙にコントロールされたゴールマウス右端にきた。
 普通のGKならばゴールを許してしまう完璧なコースであったが、
 弾道もコースも読み切った若林には防ぐ自信があった。

(いいシュートだが、これも届く!)

 若林が確信をもって飛び込みながら腕を伸ばし、
 手先を伸ばした──その瞬間。

(この回転は……さっきと違う!?)

 そう気づいたのと同時に、
 真っ直ぐだったシュートの弾道がふわりと浮き上がった。
「くそっ!」
 若林は必死に腕を向けようとしたが、
 すでに体も腕も伸ばしきっていて、上に動かす余裕はなかった。
 そしてハイネのシュートは
 若林の手のひらの上をすり抜けるようにしてゴールに飛び込んだ。

「ゴールイン!」

 審判のホイッスルと宣言がピッチに響き渡り、
 盛大な歓声とため息がスタジアムを包み込んだ。
 ハイネはその歓声を全身で受け止めるようにピッチ上を走り回った。

「見たかみんなァ!! これが『ドレスデンの妖精』さっ!!」

 そのハイネにチームメイトが駆け寄って覆い被さる。

「ナイスシュート、ハイネ!」
「あのハンブルク相手に先制点だ!」
「ハハハ! オレにとっちゃ当然ですよ、当然!」

 満面の笑みで称賛を受け止めたハイネは
 スタンドからの大きな声援、得に黄色い声援の祝福に手を振った。
 そしてハイネはチームメイトに向き直って表情を引き締めた。
「次はきっとアレがきます。
 練習通りにいきましょう!」

 試合再開前のセンターサークル内。
 ボールを足元に収めるカルツに、シュナイダーが静かな声をかけた。

「カルツ、すぐにボールを」

 ドレスデンゴールを見据えるシュナイダー。
 その目に灯る闘志の炎を見たカルツは小さくうなずいた。
「時間的に、あとワンプレーってとこだからな」
 審判のホイッスルと同時にカルツがボールを軽く蹴りだす。
 と、シュナイダーは思い切り右足を振り上げた。
 観客の歓声が大きなどよめきに変わる。

「ファイヤーショットだ!!」

 直後、シュナイダーが右足を振り抜いた。
 爆発音にも似た凄まじい音が轟き、
 弾丸のようなボールがドレスデンゴールへと飛んでいく。
 だが。

「なにィ!?」

 ファイヤーショットの軌道上にドレスデンのDFたちの姿があった。
 シュナイダーがシュートを打つより前に飛び込んでいたのだ。

「ぐわあっ!!」

 ファイヤーショットの威力に弾き飛ばされるドレスデンのDFたち。
 彼らの身を挺したブロックで
 わずかに軌道が変わったファイヤーショットは
 ゴールバーをかすめてピッチの外へと飛び出していった。
 観客の間からどよめきとため息があがる。

「やっぱりね、そうくると思いました」

 ハイネがシュナイダーに歩み寄った。
「こういうことも想定して、みんなで練習しておいたんですよ。
 いやー、うまくいったなァ」
 してやったりの笑顔を浮かべるハイネに、
 シュナイダーは無言で背を向けた。

 その直後、主審のホイッスルが前半終了を告げた。

 大方の予想に反してドレスデンリードでの折り返し。
 両チームの選手がロッカールームに去った後も
 スタジアムのざわめきは収まらなかった。

 ハーフタイム。
 リードで折り返したドレスデンの控室は明るかった。

「シュナイダーを抑え込んで点も取って、前半は完璧だったな」
「それもこれもハイネのおかげだ」
「いえいえ、そんな本当のこと。
もっと言ってくれていいですよ」
「調子よすぎるぞ、おまえ!」
 ドレスデンイレブンが笑い合う。

「それにしても試合最初の一騎打ちは驚いたぜ」
「ホント、ハイネがあのシュナイダーと引き分けられるとは
 思わなかったなァ」
「あ、ひどい。オレの力を信じてなかったんですか?」
「けどハイネ。
 みんなにシュナイダーを超えたって認めさせるのは、
 あのゴールだけだとまだ弱いぜ」
「だよなァ。ワカバヤシの伝説を破るくらいじゃないと」
「そうなんですよね。
 でも前半に止められちゃったし、
 うーん、なにかいい手はないかな……」

 ハイネは小さくうなって考え込んでいたが、
 やがて何かを思いついたのか、幾度もうなずいた。

「いいですよ。やってみせましょう!
 オレのサッカーに不可能はありませんからね!」
「おう、信じてるぜ」
「任せてください!」
 ハイネは上機嫌な様子で笑った。
「このまま勝って、
 ドレスデンの街で派手に祝勝パレードをやりましょう!」
「おう!!」
「おれたちは今日まで、そのために頑張ってきたんだ!」
 ドレスデンイレブンは後半に向けて一層の気合いを入れた。

 一方、ハンブルクの選手は意気消沈していた。

「おれたちが何もできなかった」
「しかも失点までして……」
「実力はおれたちの方が上のはずなのに、なんで……」

「みんな、落ち込むのはまだ早い」

 そう声をあげたのはシュナイダーだった。

「おれたちはこの決勝まで圧勝し続けてきた。
 しかし、これがサッカーだ。
 いつも自分たちの思い通りにいくわけじゃない」

 シュナイダーの口調は激しくはない。
 どちらかといえば自分に言い聞かせるようであった。
「だが、おれたちはこのまま終わりはしない。
 そうだろう、みんな」
「シュナイダー……」
「後半は必ず巻き返す。
 ハンブルクがナンバーワンのチームだと証明するぞ」
「おう!!」

 キャプテンの檄に息を吹き返したハンブルクの選手たち。
 そんな中、シュナイダーがカルツが歩み寄った。

「ハイネはどうだ、カルツ?」
「あの洞察力とテクニックはたいしたもんだ。
 シェスターがやられたのもうなずける」
 素直に認めるカルツにシュナイダーが提案する。
「後半、おれも少し下がってプレイするか?」
「ヘッ、よせよシュナイダー」
 カルツが口の端で笑った。

「ワシにも意地ってもんがある。後半は本領を見せてやるさ」

 カルツに若林も続く。

「あの一点はおれの慢心だ。
 だが、もう同じ手は食わない。後半は必ずゼロに抑える!」

 そしてはじまった試合後半。

 キックオフ直後から、試合前半に勝る、
 大きく強い歓声がスタジアムに響いた。
 好試合であることもあるが、
 なによりもドレスデンの選手たちへの歓声が大きくなっているのだ。

「みんながジャイアントキリングを期待してるんです。
 やってやりましょう!」
「おう、ガンガンいくぜ!」

 ハイネの掛け声に呼応するようにドレスデンイレブンは一斉に駆けだした。
 後半も前半の勢いをそのまま引き継ぐようであった。

 だが、前半は守備に忙殺されたハンブルクのMFたちがそれを阻止した。
 彼らがプレイ強度を引き上げてハイネに襲いかかったのだ。

「もう好きにはさせない!」
「おれたちをなめるな!」

 ハイネのドリブルに必死に食い下がり、
 一度抜かれても諦めずに再度おそいかかる。
 時にはイエローカードが出るほどの激しいタックルで、
 たびたびハイネの足を狩った。

「前半でわかった。
 ドレスデンの強さはハイネ次第。つまり──
 ハイネを封じれば地力に勝るワシらが有利ってわけよ」

 カルツの言うとおりであった。
 ハイネを自由にプレイさせなくしたことで
 ハンブルクの中盤が機能しはじめたのだ。

 だが、何度削られようとハイネも負けてはいない。
「大丈夫か、ハイネ?」
 心配するチームメイトたちにハイネは笑ってみせた。
「大丈夫大丈夫!
 削られるのはエースの宿命ですし、
 削りに削られて、それでも立ち上がるのが
 スター選手ってもんですよ!」

 ハイネに鼓舞されたドレスデンの選手は
 怯まずにハンブルクに戦いを挑み、
 ハイネが何本ものシュートを放った。

「くらえ、ワカバヤシ!」

 だがハイネの浮き上がるシュートを、
 ハンブルクの守護神・若林が鉄壁の守備で阻む。

「悪いが、もう一点もやらんと誓ったんでな」

 そして力を発揮しはじめたハンブルクの強力な中盤にボールが渡ると、
 試合は徐々にハンブルクペースへと変わっていった。

「どうしたハイネ。
 このままならワシらがゴールをあげるのは時間の問題だぜ」
 カルツの挑発をハイネは鼻で笑った。
「いいんですよ。そっちの手は読めてるんで」
 そして、さらりと言ってのけた。

「そして『その時』こそ、
 オレがドイツナンバーワンだって証明されるのさ!」

 そして後半10分。
「前半の借りは返すぜ!」
 ボールをおさめたカルツが持ち前のテクニックで
 ドレスデンの一人を簡単に抜き去った。
 そのカルツを追いながら、
 ハイネはパスコースを読もうと頭を回転させた。

(今度こそ絶対にカルツさんのパスを読んでやる)

 カルツがDFを引き付けるように自ら切り込み、
 ボールを巧みにキープしている。
 前線へ走るシュナイダーには三人のマークがぴったりとついている。

(同じ手ではこないはず……となると……)

 そしてカルツが足を振り上げた。

「行くぜ! ヤラ!」

 気づいたドレスデンディフェンスが
 ハンブルクFWヤラの方へ走り出す。
 だが直後、カルツの足はボールを空振りした。

「えっ!?」

 ピッチ上の選手、スタジアムの観客、
 全ての人の目がカルツに集まった──次の瞬間。

「そらよっ!」

 カルツは前に送った足を思い切り引いてスパイクの裏でボールを後ろ——
 ドレスデン陣地の方に向けて蹴った。
 そしてそのボールに向けて走る影──。
 それは、ドレスデンDFたちがカルツに注意を向けた一瞬を逃さずに
 マークを外したシュナイダーだった。

「頼むぜ、シュナイダー!」

 シュナイダーとカルツ、以心伝心のトリックプレイ。
 しかし、それを読んでいた男がいた。
 ハイネだった。

「そうくると思った!」
「なっ……ワシのこれを読んだだと!?」

 シュナイダーとハイネ、ボール、ドレスデンゴール、
 ハンブルクゴールがすべて直線上に並んでいる。
 この位置関係をハイネは待っていたのだ。

(ドイツナンバーワンを謳われるシュナイダーさんのシュートを打ち返す!
 そしてエリア外からのゴールでワカバヤシの伝説も崩す!)

 これがハーフタイムにハイネが思いついたことだった。
 試合前半のファイヤーショットでタイミングも威力も一度見てある。

(向こうは反転して打つ。けどこっちは走り込む勢いも使える。
 今度こそ打ち負けはしない!)

 ボールに追いついたシュナイダーがドレスデンゴールへと向き直る。
 同時に足を大きく振り上げた。

「ファイヤー!!」

 シュナイダーが叫び、ボールが轟音を立てて発射される。
(やっぱりスターは派手な場面で誕生するんだよね!!)
 火の玉と化したシュートに向け、走り込んだハイネが右足を振り下ろした。

「ドイツナンバーワン選手はこのオレだァ!!」

——後編へ続く