CHARACTER

『キャプテン翼 RISE OF NEW CHAMPIONS』前日譚

Novel : Episode 0 『イタリアジュニアユース編』

 イタリアジュニアユースチームの合宿所。
 ミーティングルームで先日行われた強化試合の様子を見ながら、
チームの監督パウロ・カルシスとコーチたちが悩んでいた――。

「このままではマズいですね」
 コーチ陣の中で一番若いコーチが言った。
「フランス国際ジュニアユース大会が中止になり、新たな大会であるジュニアユース・ワールドチャレンジの開催が発表されて以来、我々は厳しい練習で戦力の強化に励んできました。ですが、この試合内容では……」
と、別のコーチが立ち上がって反論する。
「成果が無かったわけじゃないだろう。元々の長所だった守備はさらに磨きがかかったじゃないか」

 このコーチの言うとおり『パーフェクトキーパー』の異名を持つジノ・ヘルナンデスを中心とした守りはまさに完璧で、これまでの強化試合はすべて無失点であった。
「ですが、課題の攻撃力不足が解消できていません」
 若いコーチも反論する。
「我々の攻撃パターンは自陣深くでボールを奪い、手薄になった敵陣に一斉に攻め上がるカウンターです。しかし相手守備を崩しきることができず、チャンスをふいにしてしまう場面が幾度も見受けられました」

 これもそのとおりで、強化試合ではせっかくカウンターをかけても一対一で負けたり強引にシュートにいって阻まれたりと、みすみす好機を逃してしまうことも少なくなかった。

「新たな大会にはフランス国際大会に招待されていなかった国々も参戦してきますし、ドイツやフランスも強化に努めているといいます。当然、我々イタリアも優勝を狙っていますが、このままでは厳しい戦いになるのは目に見えています」

 チーム力が近ければ近いほど一度のチャンスロスが致命的になる。
 それは監督もコーチ陣も皆、わかっていた。ミーティングルームが重苦しい沈黙に包まれる中、コーチの一人がうめくように言った。

「攻撃陣が決め手に欠けるのだ。いいFWが一人いてくれれば……」

 すると監督が別の動画ファイルを開いた。モニターにチーム事情から招集を見送った、ある選手のプレイ動画が映る。
「この動画は……」
「監督、まさか?」
 どよめくコーチ陣に監督はやや苦い表情でうなずいた。
「『彼』を招集する。リスクはあるが、短期間でチームを強化するには、他に手は無い」

 それから数日後の朝。イタリアジュニアユースチームが合宿しているグラウンドで、選手たちが練習前のウォーミングアップをしていた。
「なァ、今日、新しいFWが来るんだろ」
「そうらしいけど、今から選手を入れて大丈夫か?」
「そうだよな。連携練習してる時間も無いし」
「でも、うちは点が取れないからなァ」
 そう口にしたディフェンスの選手を、FWのタルデリがギロリとにらむ。にらまれた選手は慌てて口をつぐんだ。
 実際、攻撃を担っている選手たちは「新しいFWの招集」の報せを聞いて以来、機嫌が悪い。それはそうであろう。大会が間近に迫った今になってFWが呼ばれるということは自分たちの力不足を指摘されているのと同じだ。
 苛立った様子のタルデリを、キャプテンのヘルナンデスがなだめた。
「タルデリ、気持ちはわかる。けれどチームのためにこらえてくれ」
「わかってるさ、ジノ。わかってるけど……」
 タルデリが荒々しくため息をついたその時、監督が新たな選手を伴ってやって来た。

「彼が今日からチームに合流することになったレオナルド・ルチアーノだ」
 監督は集まった選手たちに、さっそく新選手を紹介した。
 ルチアーノはイタリア南部の小さなクラブチームに所属するFWで、その地区のジュニアユース大会でゴールを量産するなどチームの全得点に絡む活躍をしてチームを優勝させた選手である――そう聞かされた代表選手たちの間から驚きの声があがった。

「さァ、ルチアーノ。みんなに挨拶を」
 監督に促されたルチアーノは、不機嫌そうな表情で目の前の選手たちを眺め回した後、唇をゆがめた。
「どいつもこいつも、腑抜けた面をしてやがんなァ」
 いきなりの言い草にとっさに反応できないイタリアの選手たちに、ルチアーノは続けて言い放った。
「おまえらみたいなザコが集まって世界一を目指すって? バカバカしくて笑いも出ねえぜ」
「な、なにィ!?」
 顔色を変えてルチアーノに詰め寄る選手たちを見て監督は内心で頭を抱えた。ルチアーノの実力を認めながらも代表に呼ばなかったのは、この性格ゆえだった。

 ルチアーノは何か気にくわないことがあれば、練習中、試合中、敵、味方関係なく相手を罵倒し、時には殴り合いをはじめてしまうようなトラブルメーカーなのだ。監督は連携を重視するこのチームのサッカーにはそぐわないと判断して、ルチアーノを選考で外したのだった。

 監督が皆を止めようとしたその時、選手たちの中からヘルナンデスが一歩前に出た。右腕を広げて仲間を制止すると、ルチアーノをまっすぐに見据える。
「そこまでにするんだ。チームのみんなをバカにすることは、キャプテンのオレが許さない」
「ハッ! ザコはザコだ。それ以外にどう呼べってんだ」
 ルチアーノはそう言った後、何かに気づいたようにヘルナンデスの顔を見た。
「そうか、おまえがジノ・ヘルナンデスか。聞いたことあるぜ。その『黄金の右腕』でどんなシュートでも防いじまうGKってな」

 ルチアーノが警戒するように目を細めたが、すぐに薄笑いを浮かべた。
「けど実際はどれほどのもんかね? 評判なんてのは当てにならないもんだからなァ?」
 その言葉に、ヘルナンデスよりもむしろ周囲の選手たちが怒った。
「おい! 南部で活躍したくらいでいい気になるな!」
「おまえごときがジノから点を奪えるもんか!」
「そんなのは勝負してみりゃわかることだ。なァ、キャプテンさんよォ?」
 ルチアーノが挑発しているのはヘルナンデスもわかっていた。だが皆の手前、ここまで言われて引き下がるわけにはいかない。
「そこまでオレの実力を疑問に思うなら、いいだろう。今から勝負をしよう。オレもキミの実力を知りたい」
「そうこなくちゃな」
 そう応じたルチアーノは、自信満々の態度で、さらに驚くべき提案をした。

「けど一対一じゃつまらねえ。1対11だ。全員をぶち抜いて、オレの力を証明してやるよ!」

 こうして行われることになったイタリアジュニアユースのレギュラー選手11人とルチアーノの勝負。
 イタリアの選手たちがピッチに散り、ルチアーノがボールを持ってセンターサークルに入ったのを確認すると、監督がホイッスルを鳴らした。
「それでは、開始だ!」

 監督のホイッスルと同時にイタリアの選手たちはルチアーノのドリブルに身構えた。
 だがルチアーノはセンターサークルから出ようとせず、その場でリフティングをはじめた。足の甲、足首、すね、膝、腿、胸、背、肩、頭……体中のあらゆる場所をつかった見事なリフティングだ。

 しばし呆然と見ていたイタリアイレブンが、我に返ってルチアーノを挑発した。
「攻めてこないのかよ、臆病者!」
 だがルチアーノも、額にボールを乗せてバランスを取りながら言い返した。
「その臆病者のボールも取りに来れねえ弱虫どもが、偉そうな口をきくんじゃねーよ」
「い、言ったな!」
「オレたちをなめるな!」
 挑発したつもりが挑発し返されてイタリアの選手たちは逆上した。コンティ、マテオ、アンドレアの三人が一斉にルチアーノに襲いかかっていく。
「ようやくやる気になったか!」
 三人がルチアーノを囲み、それぞれがボールを狙って足を出す。だが三人の足はことごとく空を切った。

「おおっ!」
「あいつ、上手い!」

 ピッチ上のイレブンと控えの選手たちが思わず感嘆の声をあげる。
 ルチアーノのリフティングテクニックは神業だった。思った場所にボールを運ぶコントロール、ボールを見せつけてはかわすタイミング、どちらも完璧で、コンティたちは一方的に翻弄され続けた。
「ほらほらどうした。3対1でボールが取れないなんて恥ずかしいぜ?」
「くっ……このっ!」
 いきり立ったマテオが激しく体を当てに行った。ルチアーノはそれを体を開いてかわす。
 と、ルチアーノが蹴ったボールがゴールとは真逆の方向に飛んでいった。
「おっと」
 そのボールをルチアーノがすぐさまダッシュで追いかけていく。
「ミスしたぞ! チャンスだ!」
 イタリアの選手たちは勢い込んでルチアーノを追って走り出した。

 ゴール前、イタリアイレブンの最後尾でその様子を見ていたヘルナンデスは違和感を覚えた。
(今のチャージ、ルチアーノは来るとわかっていて体を開いている。あれほどのテクニックと体さばきをできる選手が、あんなミスをするだろうか……?)
 ボールを追うルチアーノ、それを追うイタリアの選手たち――その間隔を見てヘルナンデスは気づいた。

「行くな! 罠だ!」

 ヘルナンデスは叫んだ。
「どういうことだ?」
 そう問うタルデリにヘルナンデスは答えた。「オレたちはルチアーノを待ち構えて、連携守備でボールを奪う算段だった。けどルチアーノはこっちを挑発して、逆にボールを奪いに来るよう仕向けたんだ」
 ヘルナンデスは唇を噛んだ。
「選手たちは足の速さが違う。ムキになってバラバラに追いかければ互いの間も離れる。これでは連携した守備などできない。ただの一対一になってしまう……それが彼の狙いだったんだ!!」

 ヘルナンデスの推測は正しかった。ボールに追いついたルチアーノが、背後から迫ってきたイタリアの選手たちに向き直る。その目には激しい闘志がきらめいていた。
「ハハッ! 引っかかったな!」
 そう笑うや、ルチアーノはイタリアの選手たちを猛然と抜きにかかった。
「まずはてめェだ!」
 ルチアーノは追いかけてくる選手たちの先頭にいたコンティに一気に迫ると、股の間にボールを通してあっという間に抜き去った。
「は……はやい!」
「さァ、どんどん行くぜ!」

 迫り来るイタリアの選手たちを、ルチアーノはターン、チップキック、ジャンプ……あらゆるドリブルパターンを駆使して突破していく。

「ちくしょう!」
「な、なんてテクニックだ……!」
 抜かれた選手たちが口々にうめく。守備を鍛えてきた彼らの自信を粉々に砕くほど、ルチアーノは圧倒的だった。

「てめェらは読みが足りねえんだよ! サッカーは想像力だぜ!!」

(くっ……だが、言うだけのことはある!)
 ルチアーノの豪語を、ヘルナンデスも認めざるを得なかった。
 だが、もちろん黙って見てはない。イタリアディフェンスの指揮官は自分なのだ。
「マリーニョ、ゴルバテ、挟みうて!」
「任せろ!」
「いくぜ、ルチアーノ!」
 ヘルナンデスの指示でマリーニョとゴルバテがルチアーノの左右から迫った。
「こっちはマークしたぞ、マリーニョ!」
「おう!」
 ルチアーノをはさんだマリーニョとゴルバテが二人がかりでチャージした。だが激しく体を当てられながら、ルチアーノの体勢はわずかの崩れも見せない。

「オレたちのチャージが!?」
「なんて体の強さだ!」

 驚くマリーニョとゴルバテをルチアーノがあざ笑う。
「そんな甘いチャージが効くかよ!」
 そしてルチアーノはお返しとばかり、今度は強引な力業でマリーニョとゴルバテを弾き飛ばした。
「うわっ!」
「ハッ! 数で勝負なんて弱いヤツのやることだぜ!!」

 残るはタルデリとヘルナンデスのみ。ルチアーノが嘲笑した。
「来いよ、デカブツ!」
「おまえは……オレが潰す!」
 そう吠えたタルデリが、ルチアーノに正面から突っ込んでいく。
 ルチアーノの招集で大きくプライドを傷つけられていたタルデリは、その苛立ちをルチアーノにたたきつけるつもりであった。
 そしてタルデリはダッシュの勢いそのままに猛烈なスライディングを敢行する。鍛えた太い右足をスライディングシュートの要領で振り抜き、反則覚悟でルチアーノの足ごとボールを吹き飛ばそうというのだ。

「くらえっ!」
 タルデリが右足を振り抜こうとした瞬間だった。
「てめェがな!」
 ルチアーノが蹴ったボールがタルデリの顎先を直撃した。衝撃にタルデリの顔が跳ね上がる。
「……っ!!」
 タルデリからすれば、不意にアッパーカットを食らったようなものであった。悶絶してピッチを転げるタルデリをルチアーノがジャンプしてかわす。

「さぁ、勝負だぜ『パーフェクトキーパー』!」

 ついに10人を抜いたルチアーノの目がヘルナンデスを見据える。闘志に燃えるその目を見たヘルナンデスは、味方全員が抜かれたショックを抑えながら頭をフル回転させた。
(オレのこともドリブルで抜きにくるか?)
 一瞬よぎったその考えをヘルナンデスはすぐに否定した。
(いや、彼はオレの評判を覆したいと思っているはず。ならば、ここはシュートだ!)
 ヘルナンデスの読みは正しかった。ペナルティエリアに侵入したルチアーノが右足を振りかぶる。
「もらったぜ!」
 ルチアーノのシュートはヘルナンデスの右へ飛んできた。軌道は直線で、カーブシュートの回転でもない。

(捕れる!)

 右へダイブしながらそう思った瞬間、シュートが伸びた。まるで加速がかかったかのような伸びはヘルナンデスの予測を超えるものだった。

「なにィ!?」

 ヘルナンデスがのばした右手がシュートに届く。だが予測とタイミングが違ったために、ヘルナンデスはシュートをキャッチし損ねた。こぼれたボールがペナルティエリア内に転がる。
 シュートを防がれて、一瞬、驚いた表情を見せたルチアーノだったが、すぐにそのこぼれ球に詰めよると、今度はゴール左に向けてシュートを放った。
「勝つのはオレだ!」
「絶対に止める!」
 ヘルナンデスも素早く立ち直り、逆サイドのシュートにむけてジャンプする。

 その時、ヘルナンデスとルチアーノの間に一人の選手が飛び込んできた。それはルチアーノに最初に抜かれたコンティであった。
「ゴールさせるか!」
 シュートはダイブしたコンティの頭に当たった。必死のシュートブロックは実ったかに見えた。
 だがブロックされたボールは勢いを削がれながらも宙を舞い、ゴールポストの内側に当たると鈍い金属音とともにゴールの中に跳ね返ってしまった。

「あァ……」
 ゴールインのホイッスルがピッチに鳴り響くと、イタリア選手たちの間から声にならないため息があがった。
「おれたちが、たった一人に負けた……」
 信じられないといった様子で立ち尽くすイタリアイレブン。そしてピッチに倒れ伏したコンティがよろよろと立ち上がり、うつむきながら弱々しく言った。
「みんな、すまない。おれが余計なことを……ジノならば捕れたのに……」
 だがヘルナンデスは横に首を振った。
「それは違う。コンティは一度抜かれてもあきらめずに、ここまで戻ってきてシュートをブロックしてくれた。そのプレイは正しい。ゴールに入ってしまったのは運が悪かっただけだ」
 ヘルナンデスはコンティの肩に手を置いた。
「それに、最初のシュートをオレがキャッチしていれば、そこで勝ちだったんだ。責任はオレにある」
「ジノ……」

 そのやりとりを見ていたルチアーノが、スパイクのかかとでピッチを蹴りつけた。あまりに強く蹴りつけたため、芝がめくれ上がってピッチの土がむき出しになった。
「けっ、いい子ぶりやがって!!」

 不機嫌な様子のルチアーノにヘルナンデスが歩み寄る。
「ルチアーノ、勝負はキミの勝ちだ」
「……」
「キミの実力を甘く見ていたことは謝罪しよう。すまなかった」
「……負けたのに、その余裕かよ。さすがイタリアのキャプテンまでつとめる名門チームのエリート様は違うねェ」
 敵意もあらわな声で応じるルチアーノに、ヘルナンデスはそれでも丁寧に言った。
「キミのような実力者がチームメイトになるのは心強い。共に頑張ってイタリアを優勝に導こう」
 右手を出して握手を求めるヘルナンデス。だがルチアーノはにらみつけながらそれを拒否した。
「オレのシュートを止めた力は認めてやる。けどな、負けて傷をなめ合うようなヤツらと馴れ合う趣味はねェんだよ!」
 そう言い捨てたルチアーノはヘルナンデスに背を向けた。そして監督の方に歩み寄っていく。
「なァ、監督さんよ。今度の大会、世界中から注目されてるってのは本当なんだろうな?」
「それは間違いない。世界各国の才能ある選手が集まる大会で、試合は全世界に配信される」
 ルチアーノはうなずくと、傲然と言い放った。
「いいぜ、このルチアーノ様がイタリアを勝たせてやる。オレにふさわしい名門クラブへ移籍する、その踏み台としてな!」

 胸を張ってピッチに仁王立ちするルチアーノと苦り切った表情のイタリアジュニアユースの選手たちを交互に見ながら、監督はまだ自分の決断に自信を持てないでいた。

(本当に、あのような問題児を招集してよかったのだろうか)

 だが、ルチアーノのサッカーの実力は紛れもなく本物だ。彼を戦力にできればチーム力は大きく上がる。
(優勝を狙うために、背に腹は代えられん。それに――)
 監督の目がヘルナンデスを向いた。監督として彼のGKの実力はもちろんだが、選手をまとめ上げる統率力、キャプテンシーも同じくらい高く評価している。
 今もヘルナンデスは落ち込む選手たち一人一人に声をかけて回っているところだった。

(ルチアーノは問題児だが、ジノならばきっと――!)